京都市東山区にある大寺院、泉涌寺は、通称「御寺(みてら)」と呼ばれています。数多くの大寺院が軒を連ねる京都の中で、「The 寺」の称号を得ていたのがこの泉涌寺でした。それは泉涌寺が皇室の菩提寺であったからなんです。今回は泉涌寺とその塔頭を巡った時のことを書いていきます。
御寺泉涌寺へ
泉涌寺の最寄駅は東福寺駅です。駅の前にある府道143号線をやや北上すると、泉涌寺道という交差点があります。ここから泉涌寺の参道がスタートです。
塔頭が立ち並ぶ参道沿いに歩くこと15分。泉涌寺の大門に辿り着きました。
泉涌寺の中心伽藍への入り口にあたる大門は桃山時代の建築で、重要文化財に指定されています。関ヶ原の戦いがあった慶長年間のころ、徳川家康が後水尾天皇のために御所を再建した際、古い門を泉涌寺に移築したものであると伝わっています。
蟇股には龍や虎などの彫刻が施されています。桃山建築らしい力強い表現であると評価できるでしょう。
大門をくぐると、やや坂を下った先に仏殿が見えてきました。
ここで泉涌寺の歴史についてみておくと、泉涌寺はもとは弘法大師空海によって平安初期に創建されたと伝わっています。平安時代には遊仙寺という名前であったようです。(泉涌寺を音読みするとせん・ゆう・じ、せん・ゆうを入れ替えるとゆう・せん・じ=遊仙寺になりますね。)しかしその後荒廃してしまい、鎌倉時代になってこの寺を所有していた鎌倉幕府の御家人、宇都宮信房が、俊芿という僧侶に寺を寄進します。俊芿は宋に留学し、律・禅・天台などの教えを学んだ僧で、宋から多くの文物を持ち帰ってきました。仏殿が禅宗様の建築なのは当時の中国の最新の建築様式を持ち帰った空なんだそうです。現在の泉涌寺は真言宗なので、禅宗様の建築があるとちょっと不思議な感じもします。
そんな仏殿の内部には、運慶作と伝わる三躯の如来像、釈迦如来・阿弥陀如来・弥勒如来がお祀りされていました。それぞれ過去・現在・未来を表しているようです。この三尊形式、釈迦・薬師・阿弥陀などの組み合わせでも時々めにするのですが、宋代に流行った形式のようですね。
天井には雲龍図、如来像の後ろには飛天図、その裏には白衣観音図が描かれており、いずれも狩野探幽の筆であるとされています。
仏殿の裏には舎利殿という建物があります。こちらも慶長年間に御所の建物を移築したと伝わるもので、京都府指定の文化財となっています。
通常非公開のお堂なので、中に入ることはできませんでした。
舎利殿の裏側、南東の位置にあるのが、霊明殿という建物です。ここには歴代天皇の位牌が安置されています。明治天皇の命令で1884年に建立されました。檜皮葺の気品のある建築でとても美しいです。皇室ゆかりなだけあってちょっと京都御所っぽい感じですね。唐門越しにお参りできます。
泉涌寺と皇室とのつながりは俊芿の時代にまで遡ります。俊芿は宋から持ち帰った知識をもとに、戒律の復興を目指します。戒律とは僧侶が守るべきルールのことで、これを授けられることで、正式な僧侶になることができました。鎌倉時代には形式化していた受戒の復興を果たそうという動きが活発化するのですが、その先駆けとなる人物こそがこの俊芿でした。
俊芿は時の後鳥羽上皇からの帰依を受け、貞応三年(1224)には皇室の御願寺としての扱いを受けるようになりました。御堀川天皇の皇子、四条天皇の葬儀が泉涌寺で行われたことをきかっけに皇室の葬儀を行うようになり、南北朝時代以降、歴代天皇の葬儀は泉涌寺で行われるようになりました。
泉涌寺の裏には月輪陵という陵墓があり、12人の天皇がここに眠っています。
さらにその奥には光格天皇、仁孝天皇、孝明天皇の後月輪陵もあります。
多くの天皇陵がある京都ですが、ここまで密集しているのも珍しいのではないでしょうか。
この月輪陵の方に、俊芿を祀る開山堂があり、重要文化財に指定されているのですが、残念ながら一般人は参拝できません。いつか特別公開があることを祈ります。
最後に楊貴妃観音堂をお参りしました。(写真撮り忘れた..)
楊貴妃観音堂には、俊芿の弟子、湛海が宋から持ち帰ってきた観音菩薩(楊柳観音)像を祀るお堂です。実際に南宋時代の作であると考えられており、重要文化財に指定されています。楊柳観音とは、柳の枝を持った姿の観音さまで、三十三観音のお一人です。その美しさから、江戸時代初期ごろには唐の玄宗皇帝が愛妃、楊貴妃を写して作らせたお像であるとの伝承が生まれ、楊貴妃観音と呼ばれるようになりました。ややエキゾチックな雰囲気のある美しいお像です。少し遠いので単眼鏡があるとよいでしょう。
楊貴妃観音堂の隣には心照殿という宝物館のような建物があり、泉涌寺の歴史を記した資料が置かれています。いくつか平安時代の仏像も置かれていました。
忘れずに入ってみてくださいね。
泉涌寺の塔頭巡り 戒光寺・即成院へ
泉涌寺を後にして、参道沿いにある塔頭巡りに出かけます。たくさん塔頭があるのですが、今回は重要文化財の仏像が見られる塔頭を巡りました。
丈六さんと親しまれる大仏 戒光寺
最初に訪れたのは戒光寺です。戒光寺には、丈六さんとして親しまれる大きな釈迦如来立像(鎌倉時代・重要文化財)が安置されています。通常は外陣からの拝観となるのですが、今年の三が日には内陣の特別公開があったので行ってみることにしました。
http://www.kaikouji.com/hondo/#joroku丈六というのはお釈迦さまの等身大という意味です。お釈迦さまの身長は一丈六尺(約4.85m)だったそうで、この大きさに作られた等身大のお像を丈六と呼びます。丈六のお像は坐像が多いので、だいたい半分の2.5mくらいになりますね。
この戒光寺には立像の約5.4mのお釈迦さまの立像が祀られています。大仏と呼んで差し支えないほどの大きさです。鎌倉時代に作られたもので、運慶・湛慶親子の合作であると伝わっています。
江戸時代初期に後水尾天皇が暗殺されかけた時、この釈迦如来がその身代わりになったという伝説があり、首元にはその時についたものであるという血痕のようなものがついています。このエピソードから身代わりの釈迦と呼ばれるようになり、また御水尾天皇の命で、皇室ゆかりの泉涌寺の塔頭として現在地に移転したといいます。
内陣に入ると、足元に近づいてお参りさせていただけます。かなりの迫力があって、仏像に興味がない人でもきっと感動するんじゃないかなと思います。
内陣には他にも、重要文化財の曇照忍律上人像が安置されています。曇照忍律は鎌倉時代の僧侶で、中国に渡り、帰国後戒光寺を創建しました。俊芿と同じく、戒律復興を目指したと言われています。鎌倉時代らしい写実的な像で、いまにもしゃべり始めそうな感じのお像でした。1991年に大英博物館で開かれた「鎌倉彫刻展」に出品されたことがあるほどの鎌倉時代屈指の頂相彫刻みたいです。
平安のオーケストラ 阿弥陀如来と二十五菩薩像の即成院
続いて、総門の近くにある塔頭、即成院をお参りしました。ここは拝観できないかなと思っていたのですが、なんと言ってみたら三年ぶりに公開しているとの看板が!
迷わず拝観させていただくことにしました。即成院は、重要文化財に指定されている阿弥陀如来と二十五菩薩像で知られています。阿弥陀如来といえば私たちを極楽浄土に導いてくださる仏さまとして知られていますが、二十五菩薩は私たちの臨終に際して、阿弥陀如来とともに迎えにきてくださる菩薩さまたちです。
絵画で表されることが多い二十五菩薩来迎ですが、即成院では彫刻で表された阿弥陀如来と二十五菩薩の姿を拝することができます。
https://www.gensegokuraku.com/阿弥陀如来と二十五菩薩-1(↑そのお姿は公式ホームページでご確認ください!)
これらのお像は平安時代に作られたもので、一部江戸時代のものも混じっているようです。とはいえ、これだけ揃って残っているのはとても貴重なものです。お寺では、そのうち国宝になるかも!と期待されているようですね。
こちらもやや遠くからの拝観になりますので、それぞれのお像のお姿をしっかりみたい方は単眼鏡などがあった方がよいと思います。二十五菩薩の中には楽器を持っているものが多くあり、仏さまのオーケストラとも呼ばれています。これは極楽が素晴らしい所であるというのを表現しているそうです。
こちらもなかなかのインパクトのあるお像で、お寺に馴染みのないという方にも感動していただけるお寺だと思います…!
即成院には、平家物語の「扇の的」で有名な那須与一のお墓があります。那須与一は晩年、京都で源平合戦で亡くなった人々の菩提を弔っていたそうで、即成院の阿弥陀さまの前で亡くなったとされています。
本堂裏にあるのが那須与一の墓である石塔です。那須与一が活躍した、平安末期の作とされています。屋根部分は新しいと思いますが、塔身部のしっかりとした作りは、重文に指定されているような鎌倉時代の宝塔に近しい表現に見えます。
こちらは無料で拝観できます。
たくさんの貴重な建築と仏像を見ることができ、大満足で拝観を終えました。
今回訪れたところ
泉涌寺
https://bunkazai-map.colour-field.jp/places/T01081
戒光寺
https://bunkazai-map.colour-field.jp/places/T01083
即成院
https://bunkazai-map.colour-field.jp/places/T01082
今回見た文化財
◎泉涌寺仏殿
https://bunkazai-map.colour-field.jp/cultural-property/B/I/01626/00
◎泉涌寺大門
https://bunkazai-map.colour-field.jp/cultural-property/B/I/01627/0000
◎木造観音菩薩坐像(楊貴妃観音)
https://bunkazai-map.colour-field.jp/cultural-property/S/I/03467
◎木造釈迦如来立像
https://bunkazai-map.colour-field.jp/cultural-property/S/I/00817
◎木造浄業坐像(曇照忍律上人像)
https://bunkazai-map.colour-field.jp/cultural-property/S/I/03431
◎木造阿弥陀如来及二十五菩薩坐像
https://bunkazai-map.colour-field.jp/cultural-property/S/I/00816